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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)2380号 判決

原告

青木宇佐美

右訴訟代理人弁護士

藤田哲

水野幹男

被告

東海ベントナイト化工株式会社

右代表者代表取締役

古野純一郎

右訴訟代理人弁護士

谷口優

大脇保彦

鷲見弘

相羽洋一

原田方子

原田彰好

杉山修治

神谷明文

園田理

主文

一  被告は、原告に対し、金二二八六万五二三一円及びこれに対する平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、八九四九万円及びこれに対する平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、亡青木益章(以下「益章」という。)の妻である原告が、被告に対し、益章と被告は後記保険契約締結に同意した際、益章が死亡した場合に支払われる死亡保険金(月払給付金を含む。)相当額を、益章の家族である原告に支払う旨合意したなどと主張して、右合意に基づき、益章の死亡により被告が受け取った生命保険金及び月払給付金相当額の合計八九四九万円、及びこれに対する被告が右保険金を受領した日の翌日である平成六年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  前提となる事実(後掲各証拠で認定するほかは、当事者間に争いがない。)

1  原告(昭和一四年二月生)は、益章(昭和一六年六月生)と昭和五三年ころから同棲し、昭和五五年一一月二日に婚姻届出をして、以後妻として益章と同居して家事労働に従事し、益章の収入により生計を維持してきた(甲第七号証、原告本人)。

2  被告は、昭和四九年一一月二二日に資本金一〇〇〇万円で設立された株式会社であり、粘土の一種で鋳物用の粘結剤や土木作業の際の潤滑剤に使用するベントナイト、ゼオライト等粘土鉱物の精製粉末及び販売等を目的とする(乙第一、五、七号証、証人西山圭三)。被告は、愛知県東海市に本社工場を有し、同工場では、ベントナイトなど粘土鉱物の粉砕加工の仕事、出荷関係の事務、及び鋳物屋から送られてくる鋳物の砂の試験を行う仕事などを行っている。

被告は昭和六三年当時、年商が約四億五〇〇〇万円、経常利益が約一五〇〇万円、従業員数は、男七名、女二名で、出資の内訳は、代表取締役である古野純一郎が三〇パーセント、同人の妻が二〇パーセント、長男純郎を含む息子三人が各一五パーセント、西山圭三が五パーセントの同族会社であり、社内では、代表者及び役員以外に肩書はなかった(甲第一〇号証、証人西山圭三)。

3  益章は、被告の右設立当初から被告に雇用され、本社工場内で、ベントナイトの原鉱石を粉砕加工する業務に従事していた。益章は、男子従業員七名の中で一番経験が長く、原料の手配を行ったりして、工場の現場責任者のような立場であったが、役職等は有しなかった。なお、粘土鉱物の粉砕加工は技術を要し、熟練するには一年程度が必要であった。

益章は、平成六年二月当時、被告から、基本給三八万九三〇〇円、通勤手当二〇〇〇円、役職手当三万五〇〇〇円の総支給額四五万一三〇〇円の支給を受けていたほか、平成五年七月に賞与金として六三万円、平成四年一二月に賞与金として六七万円の支給を受けていた(甲第三号証の一ないし三)。

4被告は、昭和六三年九月二一日、アメリカンライフインシュアランスカンパニー(以下「アリコジャパン」という。)との間で、被保険者を益章(当時四七歳)、死亡保険金受取人を被告、主契約の保険金額を一〇〇〇万円、保険期間を七五歳まで、逓増収入を月額二五万円とする逓増収入保障特約付平準定期保険契約を締結した(甲第一号証の三、第二号証、以下「本件保険契約」という。)。

5  益章は、平成五年二月ころから、頻尿、排尿痛があり、同年六月ころ、前立腺腫瘍と診断されて入院治療を行っていたが、平成六年一〇月一七日、前立腺癌により、五三歳で病死した(甲第三六、三八号証)。

益章には子供がいなかったので、その法定相続人は、妻である原告及び兄弟姉妹五名(兄一名、妹二名、弟二名)であり、原告の法定相続分は四分の三である(甲第四〇号証の一ないし三〇)。

6  アリコジャパンは、平成六年一一月三〇日、被告に対し、本件保険契約に基づき、益章の主契約による死亡生命保険金一〇〇〇万円及び特約に基づく月払給付金の一時支払分七九四九万円(すなわち、保険事故発生後の二二年の保険期間に、契約時の月払給付金額二五万円が逓増して支払われる現価)の合計八九四九万円を支払った(甲第一号証の一、二、以下「本件保険金」という。)。

なお、被告は、平成六年一〇月に益章が死亡した後、被告の関連会社である株式会社印南から、粘土鉱物の粉砕業務に携わっていた経験者を直ちに採用して補充している。

7  原告は、被告に対し、平成七年六月二一日、本訴を提起して、本件保険金相当額の支払いを求めている。

二  争点

1  原告の被告に対する保険金相当額の支払請求権の存否

(原告の主張)

(一) 主位的請求原因

(1) 被保険者である益章は、保険金受取人である被告との間で、昭和六三年九月二一日、逓増収入保障特約が付いた本件保険契約を締結するにつき商法六七四条一項により同意した際、益章死亡の場合に、アリコジャパンが被告に本件保険契約に基づき支払う本件保険金相当額を、被告が、益章の家族に退職金もしくは弔慰金として支払う旨合意した(以下「本件合意Ⅰ」という。)。ここにいう「家族」とは、前記特約の約款の趣旨からして、被保険者と同居し、同人の収入により生計を維持していた者をいうところ(労働者災害補償保険法一六条の二参照)、益章の死亡当時、同人と同居し、同人の収入により生計を維持していた者は原告のみであった(甲第七号証)。

(2) 原告は、益章の家族として、本件訴訟の提起により受益の意思表示をした。したがって、原告は、本件合意Ⅰに基づき、被告に対し、本件保険金相当額である八九四九万円及び前記のとおりの遅延損害金を請求する権利を有する。

(二) 予備的請求原因

(1) 仮に、本件合意Ⅰが認められないとしても、益章は、被告との間で、前記のとおり本件保険契約締結に同意した際、益章死亡の場合にアサコジャパンが被告に支払う本件保険金相当額を、被告が、益章の相続人に退職金もしくは弔慰金として支払う旨合意した(以下「本件合意Ⅱ」という。)。

(2) 原告は、益章の相続人として、本件訴訟の提起により受益の意思表示をしたが、原告の法定相続分は前記のとおり四分の三である。したがって、原告は、本件合意Ⅱに基づき、被告に対し、本件保険金相当額のうち四分の三について請求する権利を有する。

(三) 被告が、益章との間で、いずれも第三者のためにする契約である前記各合意(以下「本件各合意」という。)を行ったことは、次の事実から明らかである。

(1) 本件保険契約を締結するに至る経緯

(ア) 被告は、昭和六三年、被告の顧問会計士に勧められて、労働災害や疾病等により従業員が死亡し、あるいは従業員に重度後遺障害が発生した場合に備えて、アリコジャパンとの間で、益章を含む全従業員を被保険者とし、被告を保険金受取人とする生命保険契約を締結することにした。被告の当時の取締役で、社内で社長と呼ばれていた西山圭三(以下「西山社長」ともいう。)は、益章を含む全従業員に対して、従業員らが死亡したり、重度後遺障害が生じた場合、従業員やその遺族らに多額の保険金が支払われるので安心である等と説明して右生命保険契約の締結に同意するように求めた。そのため、益章は、西山社長の右説明内容を了解して、本件保険契約の締結につき、商法六七四条一項に基づく同意をした。

(イ) 本件保険契約は、益章が労働災害で死亡していないにもかかわらず保険金が支払われていることからも明らかなとおり、労働災害の補償のみを目的としたものではない。

仮に、被告が、益章ら従業員に対し、本件保険契約の内容を労災事故により従業員が高度障害を負った場合に限って保険金が支払われ、従業員が病気等で死亡した場合には保険金は支払われないなどと間違った説明をし、益章がその間違った説明を正しいものと誤解して同意していたとしても、そのような場合には、本件保険契約は商法六七四条一項に違反して無効となる。

(2) 本件保険契約の目的

(ア) 本件保険契約は、主契約である無配当平準定期保険普通保険に、逓増収入保障特約が付されたものである。無配当平準定期保険普通保険は、被保険者である従業員が保険期間中に死亡し、または所定の高度障害状態になったときに保険金を支払うもので、右の原因が業務上の災害によるものであるか否かを問わない。そして、逓増収入保障特約は、保険約款(甲第二号証)によると、被保険者である従業員が死亡または高度障害に該当し、主契約の死亡保険金または高度障害保険金が支払われた場合、以後、所定の期間まで被保険者の家族の生活保障のため毎年一定の率で逓増する月払給付金を支払うものである。

本件保険契約の右のとおりの内容によると、本件保険契約は、被保険者である従業員の福利厚生のための保険であって、被保険者である従業員に万一のことがあった場合には、被告が本件保険金をもって右従業員の退職金や弔慰金、見舞金などの原資とする事業保険の趣旨を有していた。そして、被告はそのことを、本件保険契約締結に当たり、当然に了解していた。

(イ) 被告は、益章の死亡後、同人の後任者として、粘土鉱物の粉砕業務に携わっていた経験者を直ちに関連会社の株式会社印南から補充しているから、益章の死亡により、被告の収入が減少したり、被告が代りの人材を確保するために格別の費用を要したことはなかった。したがって、益章の死亡による被告の損害を、本件保険金により填補する必要はなかった。

(ウ) 被告は、本件保険契約を、被告の節税対策を目的として締結したと主張する。しかし、労働契約において、従業員は自己の生命まで会社が利用することを認めていないから、本件保険契約により、被告会社が、従業員である益章の死亡により八九四九万円もの不労の利得を得ることは、社会的に容認されない。

(3) 税法上の優遇措置

本件保険契約は、従業員の福祉厚生施策の一環として利用され、従業員の雇用に起因する退職金や見舞金等の将来の経費支出を担保するもので、被告の事業遂行上必要なものである。そのため、税法上、本件保険契約の保険料全額が被告の必要経費として算入され、損金として控除されるという優遇措置が取られている。

(4) 大蔵省の行政指導等

(ア) 大蔵省は、昭和五八年四月ころ、生命保険会社が、従業員を被保険者とし、使用者を保険契約者兼保険金受取人として生命保険を締結する際には、使用者が保険金を不労に利得することがないよう、社内規定を確認するとともに、社内規定の存在しない場合には、次のような「生命保険契約付保に関する規定」と題する書面(以下「付保規定文書」という。)を契約者と被保険者から取り付けるように指導した。そのため、生命保険会社は以後、右指導に従い、付保規定文書を契約者と被保険者から取り付けるようにしている。

「① 当社は、将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員に対し、死亡退職金または弔慰金を支払う場合に備えて、従業員を被保険者として当社を保険金受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。

② この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は、退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする。

③ この規定に基づき生命保険契約を締結するに際して当社は、被保険者となる者の同意を確認する。」

(イ) 本件保険契約において、付保規定文書は被告からアリコジャパンに提出されていないが、アリコジャパンの取扱担当者であった高柳伸男(以下「高柳」という。)は、被告の西山社長と面談して、付保規定文書と同様の内容を確認し、高額契約募集報告書等をアリコジャパンに提出した。右「高額契約募集報告書」(甲第一〇号証)の目的欄には、本件保険契約加入の目的として「役員・社員の保障」と記載され、高柳が提出した「取扱者の報告書」(乙第一五号証)にも、申込動機として「社員の保障」と記載されている。右各記載によると、被告は、本件保険金の全額または相当部分を死亡退職金もしくは弔慰金として被保険者である従業員の遺族に支払うことを前提としている。

(5) 他人の生命の保険契約

(ア) 本件保険契約のように保険契約者以外の第三者を被保険者とする生命保険契約の場合、他人の死亡により不労な利得を獲得する目的に利用されたり、保険金取得の目的で被保険者の生命身体に危害を加える者が生じる恐れ等があるので、こうした危険を防止するため、商法六七四条一項は、被保険者の同意を要する旨規定している。

被告は、益章の死亡により本件保険金を受領して多額の利得を得ているが、右のとおり、他人の死亡保険金による不労な利得は許されず、本件保険契約が労働福祉を目的としていることなどからすると、被告は、本件保険金相当額を益章の家族ないし相続人である原告に支払うべきであり、そのことを被告は、本件保険契約締結に当たり、当然に了解していた。

(イ) 商法六七四条一項が規定する同意主義は、他人が保険を掛け保険金を受け取ることが適切、妥当かを、被保険者個人の自由かつ真意な判断である同意に委ねる主義であり、保険契約者と被保険者が対等平等であることが前提である。

ところが、会社と従業員の関係は対等ではなく、優越的立場にたつ会社が、いかに従業員に懇切丁寧に保険の内容を告知し、従業員が異議を述べずに同意したとしても、その同意は保険加入への同意にとどまり、そのことで直ちに、会社が保険金全額を取得できることの根拠にはならない。会社と従業員の主従のような関係においては、前記同意主義は修正して解釈されるべきであり、合理的な意思解釈によって、原告の本件保険金相当額の引渡し請求が認められるべきである。

(被告の主張)

(一) 原告の右主張(一)ないし(三)は、いずれも否認する。

(二) 仮に、益章と被告間で特別に本件各合意がなされたとするならば、本件保険契約の保険金受取人を原告とすれば足りる。にもかかわらず、被告が、保険金受取人を原告ではなく被告として本件保険契約を締結していることは、本件各合意がなされていないことの証左である。

また、原告が本件合意Ⅰで主張する「家族」とは、その範囲が不明確であって、法律的に特定できる概念ではない。

(1) 本件保険契約の締結に至る経緯

被告の顧問の公認会計士である本島三郎(以下「本島会計士」という。)は、昭和六三年ころ、被告の西山社長、取締役であった古野純郎(以下「純郎」ともいう。)、経理担当者であった中堂慶吉(以下「中堂」という。)に対し、被告の節税対策としてアリコジャパンの生命保険に加入することを勧めた。そして、アリコジャパンの担当者高柳は、西山社長らに対し、右生命保険の保険料は全額経費として認められ、収入保障特約を付けると、事故により従業員に高度の障害が残存した場合にも保険金が支払われる旨説明した。西山社長らは、①生命保険契約を締結することが被告の節税対策となり、解約返戻金も取得できること、②被告がベントナイトという鉱石を粉砕する機械を使用し、同機械は大きなローラーを回転させて石を砕くもので、作業中に事故が発生する可能性があり、事故が発生すれば重大な障害を従業員に与えることがあり得ることを考慮して、右生命保険に加入することとした。

そこで、西山社長は、益章を含む被告の従業員らに対し、生命保険契約を締結することが被告の節税対策になり、労働災害の際に被告が右保険により従業員に補償金を支払うことができる旨説明して、生命保険契約締結について益章ら従業員の同意を得た。したがって、被告は、本件保険契約の締結に際し、益章との間で、同人が労働災害により死傷した場合、被告が受け取る保険金の中から補償金として益章ないし相続人に支払う旨の合意はしたが、右以外の場合に本件保険金相当額を益章の家族ないし相続人に支払う旨の合意はしていない。益章もそのことを了解して同意した。そして、益章は労働災害ではなく、病気により死亡したものであるから、被告が原告に対し、本件保険金相当額を支払う義務はない。

(2) 本件保険契約の目的

(ア) 被告が本件保険契約を締結したのは、①保険料が全額経費として扱われ、②解約返戻金があることから会社の利益を先送りでき、また、③労働災害により従業員が怪我をしたり、死亡した場合に、従業員に対して会社が負う損害賠償の支払財源とするためである。したがって、本件保険契約の主たる目的は節税対策であり、従たる目的は労働災害発生の場合に被告が支払義務を負担する補償金の財源確保である。

(イ) 仮に、本件保険契約締結の際、被告と益章の間で、主契約である無配当平準定期保険普通保険の死亡保険金一〇〇〇万円を被告が益章の家族ないし相続人に退職金として支払う旨の合意がなされたとしても、付帯契約である逓増収入保障特約については、右同様の合意がなされていたとはいえない。

(3) 税法上の優遇措置

被告が、本件保険契約を解約するとアリコジャパンから被告に解約返戻金が支払われる。これは被告の利益留保を認め、その利益を先送りできるものであり、そのため本件保険契約の保険料は、税法上、必要経費として認められている。したがって、本件保険契約の保険料が全額経費として認められているのは、福利厚生もしくは退職金等の支出のための必要経費として認められるからではない。

(4) 大蔵省の行政指導等

(ア) 被告は、本件保険契約を締結するに際し、付保規定文書をアリコジャパンに提出していないし、被告の社内規定には、保険金を死亡退職金もしくは弔慰金として従業員に支払う旨の規定はない。また、被告は、本件保険契約をいつでも解約することができ、現に解約することを予定していたが、益章が病気で入院治療を行っていたため解約しなかったものである。したがって、被告は、本件保険金相当額を退職金や弔慰金として、益章の家族ないし相続人に支払うことを予定していなかったものであり、益章もそのように認識していた。

(イ) 高額契約募集報告書(甲第一〇号証)の目的欄には、本件保険契約加入の目的として「役員・社員の保障」と記載されているが、被告は高柳との間で、本件保険金を退職金や弔慰金として益章の家族ないし相続人に支払う旨確認していたわけではなく、右は報告書の形式を整えるために記載しただけに過ぎない。

(5) 他人の生命の保険契約

商法六七四条一項は、被保険者でない者も、被保険者の同意を得れば生命保険契約を締結してその保険金を取得することができることを認めている。したがって、契約当事者である被告が本件保険金を受け取ったとしても違法ではなく、被告が高額な保険料を支払っている以上、不当な利得となるものでもない。

2  原告が被告に対し支払いを求めることのできる金額

(原告の主張)

(一) 原告は、被告に対し、本件各合意に基づき、本件保険金相当額である八九四九万円ないし、その四分の三の金員の支払いを求めることができる。

(二) 他人の生命保険による不労な利得は許されず、本件保険契約は労働福祉を目的としていることなどからすると、被告は、本件保険金相当額である八九四九万円を原告に支払うべきであり、右金額から被告の出捐等を考慮して一定額を控除すべきではない。

仮に、本件保険金相当額から一定額を控除するとしても、被告の出損等を漫然と斟酌することは相当でなく、被告が益章の死亡に伴い支出した葬儀費用、弔慰金などや、保険金を取得したことによる一時所得への課税額など、具体的な出費に限って、控除すべきである。

(1) 税金

被告は、本件保険金を受領した後速やかに原告に支払うべきであったから、被告が本件保険金を自らの収入として計上した結果、課税された法人税等を控除するのは理由がない。

(2) 入院費用等

益章は、毎月の給与から二万円を、夏と冬の賞与から五万円ないし一〇万円を天引することによって財形貯蓄をしていたが、自宅の購入資金や入院治療費に充てるため、右財形貯蓄を一部解約して岡崎信用金庫笠寺支店から払戻を受けた。右財形貯蓄は、被告が給与とは別個に従業員のための厚生資金として積み立てたものではないから、被告が出捐したものではない。したがって、財形貯蓄から支払われた入院費用等は控除されるべきではない。

(3) 葬儀費用

被告は、益章の葬儀の際、香典五〇万円を持参したが、右は原告に対し葬儀費用として支払ったものではないから、控除されるべきではない。

(4) 死亡退職金

益章の死亡退職金として原告に支払われた二四一万八〇六四円は、益章の生前の掛金納付に応じて中小企業退職金共済事業団が原告に支払ったものであり、被告が支払ったものではないから、控除されるべきではない。

(被告の主張)

(一) 原告の右主張(一)、(二)は、いずれも否認する。

(二) 仮に、被告に原告に対する何らかの支払義務が認められるとしても、被告が出捐した次の金員は差し引かれるべきである。

(1) 保険料

被告は、本件保険契約の保険料として、アリコジャパンに対し、合計七一八万二七六〇円を支払った(乙第六号証)。

(2) 税金

被告は、平成六年一一月三〇日、アリコジャパンから本件保険金八九四九万円を受領し、同年一一月一日から平成七年一〇月三一日までの年度の決算において、本件保険金を計上した。同年度の被告の課税所得は三八一三万七六八二円であり、それに伴う法人税は一三二九万〇六〇〇円、法人事業税は四二六万一四〇〇円、市民税は一七一万五五〇〇円、県民税は六一万三八〇〇円で、右税金の合計は一九八八万一三〇〇円であった。被告が本件保険金を受け取らなければ、赤字決算となり課税所得は発生しなかったから、右税金は本件保険金を受領した結果、支払ったものである。

(3) 入院費用等

被告は、各従業員名義で岡崎信用金庫笠寺支店に口座を開設して、従業員のために毎月二万円を厚生資金として積み立て、右を従業員の自宅購入資金、従業員の病気や事故の際の一時金、もしくは退職金として、従業員に支払っていた。

益章は、癌で死亡する前に入院治療を受けていたが、被告は、益章に対し、右積立金から、平成六年三月二五日に一五万円、同年五月二五日に一一五万一四九六円、同年七月二六日に一〇〇万円、同年九月二二日に三〇二万八一七九円の合計五四二万九六七五円を支払った。

(4) 葬儀費用

被告は、原告が益章の葬儀費用として葬儀場である愛昇殿に支払った一〇三万二二二四円のうち五〇万円を負担した。

(5) 死亡退職金

被告は、中小企業退職金共済事業団に掛金を支払っていたので、同事業団から原告に支払われた益章の死亡退職金二四一万八〇六四円は、被告が支払ったものというべきである。

3  原告の本訴請求は、信義則に違反し、あるいは平等原則に違反して許されないか。

(被告の主張)

(一) 原告は、夫である益章を被保険者として生命保険に加入する資力及び機会が十分あったにもかかわらず、生命保険に加入するより預金したほうが良いと自ら判断して生命保険に加入しなかったのである。このような原告が、被告の加入した本件保険契約を当てにして、被告に対し本件保険金相当額の支払を請求することは、信義に反し、認められない。

(二) 被告は、節税対策のために、昭和六三年九月、益章以外の従業員についても被保険者として、アリコジャパンとそれぞれ生命保険契約を締結し、解約返戻金により会社の利益を先送りすることとし、被告にとり最も有利な平成四年ころ、右各保険契約を解約して解約返戻金を受領し、新たに各従業員を被保険者として生命保険に加入した。被告は、その際、益章を被保険者とする本件保険契約についても解約するつもりであったが、たまたま益章が病気で入院治療を行っていて、新たな生命保険に加入することができないから解約しなかったものであって、本件保険金相当額を退職金や弔慰金として益章の家族ないし相続人に支払うことは予定していなかった。そしてこのことは、益章も認識していた。

したがって、被告が原告に対し、高額な本件保険金相当額を死亡退職金もしくは弔慰金として支払うならば、他の従業員に対し支払うべき死亡退職金等との較差が不当に大きくなり、従業員間の平等取扱いに反することになるから、原告の本訴請求は認められない。

(原告の主張)

被告の右主張(一)、(二)はいずれも否認する。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらの各記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  争点1(原告の被告に対する保険金相当額の支払請求権の存否)について

1  本件保険契約の締結に至る経緯

甲第七、一四ないし一九、二二ないし二七、三二ないし三五号証、第三七号証の一、二、乙第八、九号証(いずれも一部)、第一四号証、証人西山圭三、同古野純郎(一部)、同小島知恵子(一部)、同高柳伸男の各証言、原告本人尋問の結果、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、代表取締役である古野純一郎の親族による同族会社であったが、純一郎の友人で、かつて株式会社豊田自動織機製作所の常務取締役であって、工学博士の学位を有し、鋳物関係では全国的に知名度の高い西山圭三(昭和一一年六月生)を、取引先の拡大、営業の改善等のため、昭和六〇年一二月二八日、被告の取締役に選任した。西山は、昭和六二年三月から平成五年一〇月までの間、社長の肩書きで、週四日は出勤して、被告の経営を担当した。なお、西山は、被告の代表権は有していなかったが、従業員や取引先から「社長」と呼ばれていた(甲第一〇号証、乙第五、七号証)。

(二) 被告の代表取締役純一郎の長男である古野純郎(昭和一三年三月生)は、昭和六三年ころ、被告の顧問である本島会計士に対し、被告の節税対策について相談したところ、同会計士は、同年二月ころ、西山社長や純郎に対し、保険料が損金として処理でき税法上有利であるとして、アリコジャパンの生命保険を紹介した。

(三) アリコジャパンの前橋エージェンシーオフィスのコンサルタント社員である高柳(昭和二三年五月生)は、昭和六三年四月ころ、本島会計士から被告を紹介され、同年八月ころ、同会計士と共に、名古屋市南区弥次エ町所在の被告事務所を訪れた。高柳は、西山社長及び経理担当者であった中堂に対し、右生命保険は、保険料が全額経費として認められ、解約返戻金も取得でき、収入保障特約を付した場合は、事故により従業員に高度の障害が残存した場合にも保険金が支払われること、及び役員や従業員の退職金や弔慰金、従業員が死亡した場合の代替社員を雇う費用等を保険金で賄えること等を説明し、西山社長及び中堂との間で、保険内容、保険金額、解約返戻金等についての打ち合わせを行った。

(四) 西山社長は、被告がアリコジャパンの生命保険に加入することについて、被告の従業員である本田博善(営業担当、昭和二七年生、以下「本田」という。)、鈴木誠一郎(出荷係、昭和一九年生)、純郎の妻の古野俊子(事務担当、昭和二五年生)、小島知恵子(試験室担当、昭和二四年生)、廣田暁爾(工場作業員、昭和二二年生)、川浪清行(工場作業員、昭和二八年生)及び暮石春雄(工場作業員、昭和一四年生。以下、右七名を併せて「従業員七名」ということがある。)、並びに益章(工場作業員、昭和一六年生)に対し、負傷して働くことができなくなった場合等に、被告が従業員らに右特約の付いた生命保険金から補償金を支払うことができ、手厚い保障になる等と説明して、商法六七四条一項により被保険者になることの同意を求めた。

西山社長は、右生命保険には、重度障害の特約、すなわち逓増収入保障特約が付くので、保険加入は、被保険者である従業員のためになると考えていて、従業員が死亡した場合には、被告が保険金で利得を得ようとする気持ちは無かったので、保険金のうち相当部分を、遺族に対し支払うことになるものと考えていた。

従業員七名及び益章は、西山社長の右説明を受けて被保険者になることに同意し、そのころ、西山社長の知り合いの病院で、保険加入に必要な健康診断を受けた。

(五)(1) アリコジャパンの高柳は、昭和六三年九月二一日、被告事務所を訪れ、西山社長、純郎及び中堂と面談して、益章を被保険者とする逓増収入保障特約が付いた本件保険契約、及び従業員七名を被保険者とする逓増収入保障特約が付いた各平準定期保険契約(ただし、本田について右特約はない。以下、「他保険契約」という。)を締結することとし、その際、アリコジャパンにおいて保険金額が五〇〇〇万円以上の場合に、被保険者と面接して記載することとされている「高額契約募集報告書」及び「取扱者の報告書」を作成した。

(2) 高柳は、右「高額契約募集報告書」の「保険の目的」欄では、記載されていた選択肢「a所得の補填(家計の中心者の死亡によって喪失する生前の収入を填補し、遺族の生活を維持させる)、b財産維持(被保険者の死亡の際、その遺産にかかる相続税を保険で填補し、その財産を維持する)、c役員・社員の保障、d負債支払準備、eその他」の中から「c役員・社員の保障」に丸印を記載した(益章について甲第一〇号証)。また、右「取扱者の報告書」の「申込動機」欄では、記載されていた選択肢「家族の保障、老後の準備、相続の準備、社員の保障、負債支払い準備、その他」の中から「社員の保障」に丸印を記載した(益章について乙第一五号証)。

(3) さらに高柳は、本件保険契約の申込書(乙第一〇号証の九)、他保険契約の申込書(乙第一〇号証の一ないし七)、及び右各保険の第一回保険料(乙第二号証の四、第一八号証)を被告から受領し、被告とアリコジャパンの間で、本件保険契約及び他保険契約を締結した(甲第一号証の一ないし三)。

なお本件保険契約申込書の被保険者欄の氏名、押印欄には、益章の記名押印がなされているが(乙第一〇号証の九)、益章の右印鑑は、いずれも被告が保管しているものであり、高柳は右申込書及び報告書を作成するに当たり、益章らと面接しなかった。

(六) 高柳は、昭和六三年一〇月二二日、右各「高額契約募集報告書」及び「取扱者の報告書」をアリコジャパンに提出した。

被告は、右同日、さらに、アリコジャパンとの間で、西山社長を被保険者、被告を保険金受取人とする平準定期保険契約を締結した(乙第一〇号証の八)。なお、被告が、昭和六三年一〇月ころ、アリコジャパンとの間で、被告代表者の長男で取締役である純郎、及び経理担当である中堂について、同人らを被保険者とし、被告を受取人とする生命保険契約を締結した事実は認められない。

2  本件保険契約の内容等

甲第七号証、乙第八、九号証(いずれも一部)、第一〇号証の一ないし九、証人西山圭三、同古野純郎(一部)、同小島知恵子(一部)、同高柳伸男の各証言、原告本人尋問の結果、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件保険契約及び他保険契約、並びに西山社長を被保険者とした保険契約の各内容は、別表に記載のとおりであり、その要旨は、次のとおりである。

(1) 益章、鈴木誠一郎、古野俊子、小島知恵子、廣田暁爾、暮石春雄については、いずれも主契約の保険金額が一〇〇〇万円であり、逓増収入保障特約の逓増収入は月額二五万円で、保険期間は益章と暮石が七五歳まで、その他の人は七〇歳までである。益章の主契約の年間保険料は一三万三二〇〇円、逓増収入保障特約の年間保険料は九〇万四七五〇円であり、その合計は一〇三万七九五〇円である。

(2) 川浪清行については、主契約の保険金額が一〇〇〇万円であり、逓増収入保障特約の逓増収入は月額二〇万円で、保険期間は七〇歳まである。

(3) 営業担当の本田については、主契約の保険金額が五〇〇〇万円で、保険期間は七〇歳まであり、逓増収入保障特約は付されていない。本田の主契約の年間保険料は六〇万五〇〇〇円である。

(4) 西山社長については、主契約の保険金額が三〇〇〇万円で、保険期間は八〇歳まであり、逓増収入保障特約は付されていない。右の主契約の年間保険料は一八九万八一〇〇円である。

(二) 被告は、昭和六三年一〇月に、本件保険契約及び他保険契約並びに西山社長を被保険者とした保険契約の年間保険料合計七二九万余円をアリコジャパンに支払い、その後も保険料の支払いを続けていたが、契約締結当初に予定したとおり、平成五年九月一日に他生命保険契約を解約し、アリコジャパンから解約返戻金として、一二三四万六〇〇六円を受領した(乙第三号証の二)。しかし、被告は、益章が病気で入院していたこともあり、本件保険契約を解約しなかった。

一方、被告は、益章を除く被告の従業員七名を被保険者として、平成四年七月ころ、従業員普通傷害保険を締結して、保険料一〇二万六七〇〇円を支払い(乙第三号証の四)、同年九月ころ、日本団体生命保険株式会社との間で生命保険契約を締結して、保険料五六一万一五六九円を支払っている(乙第三号証の三)。

(三) 本件保険契約の無配当平準定期保険普通保険は、被保険者である益章が保険期間中に死亡し、または所定の高度障害状態になったときに保険金一〇〇〇万円の支払いを保障するもので、右原因が業務上の災害によるものか否かを問わない(甲第二号証)。また、本件保険契約の逓増収入保障特約は、逓増収入保障特約約款(甲第二号証)の前文の記載によると、被保険者である益章が死亡または高度障害に該当し、主たる契約の死亡保険金または高度障害保険金が支払われた場合、以後、所定の期間まで被保険者の家族の生活保障のため毎年一定の率で逓増する月払給付金を支払うものである。ただし、本件保険契約では、主契約である無配当平準定期保険普通保険の死亡保険金の受取人が法人である被告であったため、前記約款二条五項に基づき、逓増収入保障特約による月払給付金の現価が、右死亡保険金と併せて一時に、法人である被告へ支払われた(甲第八号証、乙第六号証)。なお、益章死亡時の五三歳から保険期間の七五歳まで二二年間、契約時の月払給付金額二五万円が所定の割合で逓増して支払われる月払給付金の現価は、七九四九万円であった。

(四) 「高額契約募集報告書」の「保険の目的」欄の「役員・社員の保障」とは、事業保険の目的が①被保険者の退職金や見舞金としての資金の確保、②事業上の特異な能力を持つ人物の損失による収入の減少や、信用の低下に備えること、③人材の代替のためのコストの確保にあり、保険金額の全部または相当部分が死亡退職金もしくは弔慰金として被保険者の遺族に支払われることを前提としている(甲第一〇号証)。

3  行政上の取扱い等

甲第七、八号証、乙第八、九号証(いずれも一部)、証人西山圭三、同古野純郎(一部)、同小島知恵子(一部)、同高柳伸男の各証言、原告本人尋問の結果、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和六三年九月から平成六年九月まで、本件保険契約の保険料として、アリコジャパンに対し、合計七一八万二七六〇円を支払った(乙第六号証)。そして、被告が支払った本件保険契約の右保険料は、税務申告上、全額損金に算入された。その理由は、本件保険契約(定期保険)には、貯蓄性がないので、法人を受取人とする場合にはその保険料は一種の金融費用的なものとみなされ、また、企業が従業員らに行う福祉面の充実は、国の社会保障制度を補完することになるためである(甲第二五号証、乙第六、一七号証)。

なお、被告は、債権債務損益勘定内訳明細表において、本件保険契約及び他保険契約の保険料を、厚生費ではなく、保険料の項目に計上していた(乙第二号証の一ないし五、第三、四号証の各一ないし四)。

(二) 主務官庁である大蔵省は、昭和五〇年以降、被保険者を従業員とする事業主受取の生命保険契約に関して、生命保険会社等宛に通達を発出したことはなかったが(乙第一六号証)、昭和五八年ころ、被保険者を従業員とする事業主受取の生命保険契約に関して、生命保険業界に対し、従業員の生命に関する保険契約でありながら、従業員の遺族に保険金が全く支払われないこと、従業員の遺族に保険金が全額または相当部分が支払われる旨の社内規定がないような企業に事業主受取の保険を販売することは問題であり、従業員を被保険者とする事業主受取保険契約については、契約内容の詳細にわたる被保険者の同意確認について十分に配慮すべきである旨の行政指導を行った(甲第二〇号証、第二一号証の一ないし一七)。

(三) そのため、生命保険会社は、右行政指導に従い、昭和五八年ころ、契約者及び被保険者が署名、押印した付保規定文書を契約者から徴収したり、付保規定文書と同内容の社内規定がある企業については当該社内規定の写しの提出を契約者に求めたりしていた(甲第二一号証の一ないし一七、第二八ないし三一号証)。

アリコジャパンにおいては、通常、契約者が事業会社で、被保険者がその役員または従業員である事業保険のうち、役員及び従業員を併せて被保険者数一〇名未満の場合、大中規模のものに比してより慎重な取扱いを要するとして、保険契約申込書の受理に際して、該当被保険者に付せられた保険金額の全部または相当部分が死亡退職金もしくは弔慰金として、被保険者の遺族に支払われる旨の「社内規定」(付保規定文書を指している。)のあることを、その写しを取り寄せて確認している(甲第九、一六号証)。

(四) アリコジャパンは、本件保険契約を締結するに際し、被告から右社内規定の写しを取り寄せていないが、「高額契約募集報告書」に「保険の目的」が「役員・社員の保障」である旨記載されていることを確認している。

なお、被告には、本件保険契約が締結された昭和六三年九月二一日当時も、益章が死亡した平成六年一〇月一七日当時も、被告には、退職金もしくは弔慰金について定めた就業規則や労働協約等はなく、また、従業員を被保険者とする事業主である被告受取保険契約について、被保険者に付せられた保険金額の全部または相当部分が死亡退職金もしくは弔慰金として、被保険者の遺族に支払われる旨の社内規定もなかった。

4  前記1ないし3で認定した事実によると、次のとおり認められる。

(一)  本件保険契約の主契約である無配当平準定期保険普通保険は、約款上、被保険者である従業員が保険期間中に死亡し、または所定の高度障害状態になったときに保険金の支払いを保障するものであって、右原因が業務上の災害によるものかを問わない。また、本件保険契約の逓増収入保障特約は、約款上、被保険者である従業員が死亡または高度障害に該当し、主たる契約の死亡保険金または高度障害保険金が支払われた場合、以後、所定の期間まで被保険者の家族の生活保障のため毎年一定の率で逓増する月払給付金を支払うものと記載されている。

したがって、本件保険契約は、保険約款上、主契約及び特約ともに、被保険者ないし、その家族の生活保障の目的を有していると認められる。

(二)  昭和六三年当時、被告の取締役で、従業員から社長と言われていた西山圭三は、従業員である益章に対し、負傷して働くことができなくなった場合や死亡した場合等に、被告が、益章または遺族に対し、特約の付いた本件保険金から相当額の補償金を支払うと説明して、本件保険契約の被保険者になるように申入れた。そのため益章は、同人を被保険者とし、保険金受取人を被告とする本件保険契約を被告が締結することに、商法六七四条一項の同意をしたものである。

したがって、益章と被告の当時の担当者で、実質上、被告の代表権限を有していたと認められる西山社長は、本件保険契約が、主契約及び特約ともに、被保険者ないし、その家族の生活保障の目的を有し、保険事故として益章が死亡した場合に支払われる保険金の相当部分が死亡退職金もしくは弔慰金として被保険者の遺族に支払われることを了解していたものと認められる。

(三)  アリコジャパンの高柳は、本件保険契約を締結する際、被告の西山社長、取締役である純郎、経理担当者の中堂と面談して作成した「高額契約募集報告書」で、本件保険の目的を「役員・社員の保障」と、また「取扱者の報告書」で、本件保険の申込動機を「社員の保障」と記載している。そして、右「社員の保障」とは、事業保険の目的が、①被保険者の退職金や見舞金としての資金の確保、②事業上の特異な能力を持つ人物の損失による収入の減少や、信用の低下に備えること、③人材の代替のためのコストの確保であることを示すものである。

したがって、被告の西山社長ばかりでなく、取締役である純郎及び経理担当者の中堂も、本件保険契約が、主契約及び特約ともに、被保険者ないし、その家族の生活保障の目的を有していたことを了解していたものと認められる。

(四)  以上のほか、一般に、他人の生命保険は、保険金目的の犯罪を誘発したり、賭博保険や人格権侵害の恐れがあるので、こうした危険を防止するため、商法六七四条一項は被保険者の同意を要件としていて、濫用的運用は許されないこと、並びに、本件保険契約が締結された昭和六三年九月及び益章が死亡した平成六年一〇月当時、被告には、退職金もしくは弔慰金について定めた就業規則や労働協約等はなかったこと等を考慮すると、被告が、従業員である益章を被保険者とする本件保険契約を締結した目的には、被告の節税対策や解約返戻金による利益の先送りのほかに、被告の従業員に対する福利厚生ないし遺族の生活保障のため、本件保険金の相当額を、被保険者の高度障害の場合の給付金や、死亡の場合の遺族に対する死亡退職金もしくは弔慰金として支給することが含まれていたと解するのが相当である。

そうすると、主位的請求原因のとおり、被保険者である益章は、保険金受取人である被告との間で、昭和六三年九月二一日、本件保険契約を締結することを同意した際、益章死亡の場合に、アリコジャパンが被告に支払う本件保険金のうち相当額を、被告が、益章の家族に対し死亡退職金もしくは弔慰金として支払う旨、本件合意Ⅰを行ったものと認めることができる。そして、ここにいう「家族」とは、前記逓増収入保障特約約款の記載の趣旨からして、被保険者と同居し、同人の収入により生計を維持していた者と解すべきところ、前示のとおり、益章の死亡当時、同人と同居し、同人の収入により生計を維持していた者は原告のみであった。

したがって、被告は、本件合意Ⅰに従い、受益の意思表示をした原告に対し、本件保険金の相当部分を死亡退職金もしくは弔慰金として支払う義務があるというべきである。

5(一)  被告は、本件保険契約を締結した主たる目的は節税対策や利益の先送りで、従たる目的は被告が労働災害発生の場合に負う補償金の財源のためであり、西山社長も益章に対してその旨説明して益章の同意を得たから、被告は、益章との間で、労働災害による死傷の場合に本件保険金の一部を補償金として相続人に支払う旨合意したが、右以外の場合に本体保険金相当額を退職金もしくは弔慰金として益章の相続人に支払う旨の合意はしていない旨主張し、証人古野純郎もそれに沿う証言をしている。

よって検討するに、前示のとおり、被告が本件保険契約を締結した動機には、被告の節税対策及び利益の先送りと、従業員の業務中における事故に備えて損害賠償の支払原資を確保するということも含まれていた事実が認められる。

しかし、前示のとおり、①本件保険契約においては、被保険者の死亡ないし高度障害状態の原因を労働災害に限定しておらず、被告が本件保険契約を締結した目的には、従業員に対する福利厚生ないし遺族の生活保障のため、本件保険金を高度障害の場合の給付金や死亡の場合の遺族に対する死亡退職金もしくは弔慰金として支給する趣旨も含まれていたと解されること、②西山社長が益章に対し労働災害による死亡に限定する旨説明し、益章がその旨了解して本件保険契約の締結に同意した事実は認められないこと、③本件保険契約が従業員の福祉面を充実させるという一面を有することも一因となって保険料が税務申告上、全額損金に算入されること、④他人の生命保険は、保険金目的の犯罪を誘発したり、賭博保険や人格権侵害の恐れがあるので、こうした危険を防止するため、商法六七四条一項により被保険者の同意があることを要件とするものであり、濫用的な運用は許されないことに照らすと、被告の右主張は採用できない。

(二)  被告は、原告が主位的請求原因で主張する「家族」の範囲は不明確で、法律的に特定できる概念ではない旨主張する。

しかし、前示のとおり、「家族」とは、逓増収入保障特約約款に記載された概念であり、同約款の趣旨から、被保険者である益章と同居し、同人の収入により生計を維持していた者をいうと解せられるところ、益章と同居し、同人の収入により生計を維持していた者か否かは客観的に判断可能であるから、「家族」の範囲が不明確であるとは認められない。したがって、被告の右主張は採用できない。

(三)  被告は、仮に益章との間で、主たる保険契約である無配当平準定期保険普通保険の死亡保険金を被告が益章の家族ないし相続人に退職金等として支払う旨の合意がなされたとしても、付帯契約である逓増収入保障特約については、被告と益章との間で、右特約に基づく保険金を被告が益章の家族ないし相続人に退職金等として支払う旨の合意がなされたとはいえないと主張する。

しかし、前示のとおり、本件保険金額が高額になったのは、逓増収入保障特約による月払給付金の現価、すなわち益章死亡時の五三歳から保険期間の七五歳まで二二年間、契約時の月払給付金額二五万円が所定の割合で逓増して支払われる月払給付金の現価が七九四九万円であったためであるところ、工場作業員である益章が七五歳まで被告で稼働するとは考えられないところであり、右保険期間は、家族の生活保障の意味合いが相当程度含まれていたものと認められる。前示のとおり、被告が、右特約のために、主契約の保険料一三万余円の六倍以上の高額な保険料九〇万余円を毎年支払っていた事実は認められるが、そのことにより、被告主張のとおり、保険期間の七五歳まで二二年間の、逓増する月払給付金額すべてを被告が取得するとすることは、本件保険契約の被保険者は従業員である益章であり、保険金受取人は会社である被告であって、両者の関係は対等ではなく、被告が益章より優越的立場に立っていたことを考慮すると、生命保険制度の本来の趣旨に照らして、著しく社会的妥当性を欠くものと言わなければならない。

そして、本件においては、前示のとおり、被告と益章の間で、逓増収入保障特約付無配当平準定期保険普通保険である本件保険契約に基づくすべての保険金について、益章が死亡した場合には、右保険金のうち相当部分を死亡退職金もしくは弔慰金として益章の家族である原告に支払う旨合意が成立していたものと認められるから、被告の右主張は採用できない。前示のとおり、被告が本件保険契約を締結した目的には、節税対策や利益の先送りの趣旨も含まれていたと認められるが、そのことにより以上の認定は左右されない。

(四)  被告は、高柳が「高額契約募集報告書」の保険の目的を役員・社員の保障と記載したのは、従来の慣行に従ったにすぎず、被告の判断により右記載をしたのではない旨主張し、証人古野純郎、同高柳伸男はそれに沿う証言をする。

しかし、前示のとおり、高額契約募集報告書の「保険の目的」欄には「a所得の補填、b財産維持、c役員・社員の保障、d負債支払準備、eその他」の選択肢があるが、高柳は、西山社長ばかりでなく、被告の取締役であった純郎、及び経理担当者であった中堂にも確認して、その面前で同報告書の「保険の目的」を役員・社員の保障と記載したものであり、右の事実に照らすと、被告の右主張は採用できない。

(五)  被告は、本件保険契約の保険料が全額損金に算入されるのは、被告の利益留保を認めているからであり、福祉厚生のために認められているのではない旨主張する。

しかし、前示のとおり、本件保険契約(定期保険)には、貯蓄性がないので、法人を受取人とする場合にはその保険料は一種の金融費用的なものとみなされ、また、企業が従業員らに行う福祉面の充実は、国の社会保障制度を補完することになるので、本件保険契約の保険料七一八万二七六〇円は、税務上、全額損金に算入され、被告の収入から控除されたのであるから、被告の右主張も採用できない。

6  以上によると、原告の被告に対する支払請求権につき、主位的請求原因事実が認められるから、予備的請求原因については、判断しない。

二  争点2(原告が被告に対し支払いを求めることのできる金額)について

1  原告が、益章と被告間の本件合意Ⅰに基づき、退職金または弔慰金として被告に対し支払いを求めることのできる金額について検討する。

前示のとおり、本件保険契約が締結された昭和六三年九月当時も、益章が死亡した平成六年一〇月当時も、被告には、退職金もしくは弔慰金について定めた就業規則や労働協約等はなかった。また、従業員を被保険者として、事業主である被告を受取人とする生命保険契約について、被保険者に付された保険金額の全部または相当部分が死亡退職金もしくは弔慰金として、被保険者の遺族に支払われる旨の社内規定(付保規定文書)もなかった。

そうすると、被告が、死亡退職金もしくは弔慰金として原告に支払うべき具体的金額は、従業員である益章を被保険者とし、会社である被告を保険金受取人とする本件保険契約の趣旨目的、保険金額及び保険期間、被告の規模、益章の被告における地位、職務、貢献度及び給与の額、被告の支払った保険料、本件保険金に対して課せられる税金等を総合的に考慮して、社会通念上、相当な金額をもって認定すべきである。

2  前記認定の事実、及び後記各証拠によると、次のとおり認められる。

(一) 被告が本件保険契約を締結した目的は、被告の節税対策及び利益の先送りのほかに、従業員に対する福利厚生ないし遺族の生活保障のため、本件保険金の相当部分を、高度障害の場合の給付金や、死亡の場合の家族に対する死亡退職金もしくは弔慰金として支給する目的も存した。

(二) 被告は、昭和四九年に資本金一〇〇〇万円で設立された同族会社であり、昭和六三年九月当時、従業員数は益章を含めて九名であった。

(三) 益章は、被告の設立当初から、工場で、ベントナイトの原鉱石を粉砕加工する業務に従事し、被告従業員の中で一番経験が長く、肩書は有しなかったが、工場の現場責任者の立場であった。益章は、平成六年二月当時、被告から給与として月額約四五万円を、賞与として年二回、各六五万円程度を支給されていた。

(四) 粘土鉱物の粉砕加工は、技術を要し、熟練するには一年程度が必要である。被告は、平成六年一〇月に益章が死亡した後、被告の関連会社から粘土鉱物の粉砕業務に携わっていた経験者を採用して直ちに補充した。

(五) 保険料

被告は、アリコジャパンに対し、本件保険契約の保険料として昭和六三年から平成六年までに合計七一八万二七六〇円を支払った。

(六) 税金

被告は、平成六年一一月三〇日、アリコジャパンから本件保険金八九四九万円を受領し、同年一一月一日から平成七年一〇月三一日までの年度の決算において、本件保険金を所得として計上した。その結果、同年度の被告の課税所得は三八一三万七六八二円となり、それに伴う法人税は一三二九万〇六〇〇円、法人事業税は四二六万一四〇〇円、市民税は一七一万五五〇〇円、県民税は六一万三八〇〇円で、合計一九八八万一三〇〇円となった(乙第一九号証の一、二、第二〇号証の一ないし六)。右課税所得は、被告が本件保険金を受領しなかったならば発生しなかった。

(七) 入院費用等

被告は、倒産した場合等に従業員らへの退職金を確保するため、従業員名義で岡崎信用金庫笠寺支店に口座を開設し、従業員らのために毎月二万円、賞与時に五ないし一〇万円の積立てを行っている。被告は、従業員の給与に右積立金分を上乗せし、財形貯蓄として給与から天引する方法で右積立てを行っている。

被告は、益章についても、同様の方法で益章名義で岡崎信用金庫笠寺支店に口座を開設して積立てを行っていたが、益章に対し、右積立金から、入院費用等として、平成五年九月二四日に一〇万円、平成六年三月二五日に一五万円、同年五月二五日に一一五万一四九六円、同年七月二六日に一〇〇万円、同年九月二二日に三〇二万八一七九円の合計五四二万九六七五円を支払った(甲第四号証の一ないし五、乙第一一号証の一ないし四、第一二号証の一ないし五)。

(八) 葬儀費用

原告は、益章の葬儀費用として一〇三万二二二四円を支払ったが、被告はそのうち五〇万円を負担した(乙第一三号証の一ないし五)。

(九) 死亡退職金

被告は、中小企業退職金共済事業団に対し、益章分の掛金を一七年五か月に亘り毎月支払い、合計一四二万八〇〇〇円を支払った(甲第五号証の一、二、乙第二号証の三)。そして、中小企業退職金共済事業団は、平成六年一一月二四日、原告に対し、益章の死亡退職金として二四一万八〇六四円を支払った(甲第五号証の一、二、乙第二号証の一ないし五、第三、四号証の各一ないし四)。したがって、被告が原告に対し、益章の右死亡退職金を支払ったものと評価できる。

3 以上に認定した諸事情を考慮して、被告が、本件保険金のうちから、益章の家族である原告に対し死亡退職金もしくは弔慰金として支払うべき相当金額を検討する。

本件保険契約は、被告が自らを保険金受取人としてアリコジャパンと契約を締結して、保険料を支払ってきたものであり、他方、益章が前立腺癌に罹患しなかったら死亡時の五三歳から保険期間の七五歳まで二二年間の約半分の期間は被告で稼働できたものと推認できることなどを考慮すると、本件保険金八九四九万円から、右保険金を取得するために被告が支払った保険料七一八万二七六〇円、及び税金一九八八万一三〇〇円を差し引いた金額を、被告と、益章の家族である原告が、それぞれ折半して取得するのが相当である。

さらに、右金額から、被告は節税対策および利益の先送りの目的も考慮して本件保険契約の保険金額及び保険料を決定したこと、被告がこれまで従業員である益章のために経済的負担を行ってきた経緯、並びに、従業員間の平等取扱の要請等を併せ考えると、被告が益章につき出捐した入院治療費五四二万九六七五円、及び葬儀費用五〇万円、並びに原告が既に受領済みの死亡退職金二四一万八〇六四円を差し引くことが、当事者間の衡平に適うものと認める。

そうすると、被告が、本件保険金のうちから、原告に対し死亡退職金もしくは弔慰金として支払うべき金額は、次のとおり、二二八六万五二三一円をもって相当と認める。

計算式

8949万円−(718万2760円+1988万1300円)=6242万5940円

6242万5940円÷2=3121万2970円

3121万2970円−(542万9675円+241万8064円+50万円)=2286万5231円

4  弁済期の到来

前示のとおり、益章と被告が本件合意Ⅰをなした目的からすると、被告は、アリコジャパンから本件保険金を受け取ったときは、速やかに前記相当額を原告に支払う趣旨であったものと解するのが相当である。

したがって、前示のとおり、アリコジャパンが被告に本件保険金を支払った平成六年一一月三〇日に被告の原告に対する前記金員の支払義務の弁済期が到来し、被告は、右同日、本件保険金を受け取ることにより右弁済金の到来を知ったものと認められる。

5(一)  原告は、被告が本件保険金を受領した後速やかに原告に支払うべきであるから、被告が本件保険金を自らの収入として計上した結果、課税されて納付した税金は、被告の取得する金員から差し引かれるべきではない旨主張する。

確かに、前記のとおり、被告は本件保険金を受領した後速やかに前記相当額を原告に支払うべきであったと解される。しかし、被告は本件保険契約に従ってアリコジャパンから本件保険金を受領し、正規に申告して、その結果課税されたものであること、及び、被告が本件保険金から死亡退職金もしくは弔慰金として原告に支払うべき具体的金額が一義的に明らかでないことに照らすと、被告が本件保険金を受領したことによって納付した税金は、双方の取得額を算定する際に控除するのが相当であると解される。したがって、原告の右主張は採用できない。

(二)  原告は、入院費用等の支払いに充てた積立金は益章の給与から天引して財形貯蓄をしていたもので、被告が従業員のために厚生資金として積み立てたものではないから、被告の出捐として考慮すべきではない旨主張する。

しかし、前示のとおり、被告は、倒産した場合等に従業員らへの退職金を確保するために、被告名義ではなく従業員個人名義で右積立てを行っていること、及び、従業員の給与に右積立金分を上乗せし、財形貯蓄として給与から天引する方法で右積立を行っていることからすると、右積立金は従業員の厚生費としての性格を有するものと認められ、被告の出捐として考慮するのが相当である。したがって、原告の右主張は採用できない。

(三)  原告は、被告が負担したと主張する葬儀費用五〇万円は、香典として被告が持参したものであるから被告の出捐として考慮すべきではない旨主張する。しかし、前示のとおり、右五〇万円は被告が益章の葬儀費用の一部として負担したものと認められるから、原告の右主張は採用できない。

(四)  原告は、益章の死亡退職金は中小企業退職金共済事業団から支払われたもので、被告から支払われたものではない旨主張する。しかし、前示のとおり、被告が原告に対し、右死亡退職金を支払ったものと評価できることに照らし、原告の右主張は採用できない。

三  争点3(信義則違反、平等原則違反)について

1  被告は、原告が、益章を被保険者として生命保険に加入する資力及び機会は十分あったにもかかわらず、生命保険に加入するより預金した方が良いと判断して生命保険に加入しなかったのであるから、被告が加入した本件保険契約を当てにして、被告に対し本件保険金相当額を請求することは信義に反し認められない旨主張する。そして、原告本人尋問の結果によると、原告が益章と生命保険に加入するかを相談した際、預金した方が良いと判断して、生命保険に加入しなかった事実が認められる。

しかし、原告が益章を被保険者として生命保険に加入することなく預金していたからと言って、原告が被告に対し本訴を提起し、本件保険金の相当額の支払いを求めることが信義に反すると認めることはできないばかりか、他に原告の本訴請求が信義に反するものであることを認めるに足りる証拠はない。したがって、被告の右主張は理由がない。

2  被告は、原告に対し本件保険金相当額を死亡退職金もしくは弔慰金として支払うことが、被告の従業員間の平等取扱に反し認められない旨主張する。

しかし、前示のとおり、益章は被告との間で、本件保険契約の締結に同意するに際し、益章が死亡した場合、被告がアリコジャパンから受け取る本件保険金の相当部分を死亡退職金もしくは弔慰金として益章の家族に支払う旨合意したものと認められるのであり、原告は右合意に基づき支払いを求めていること、及び、他人の生命保険は、保険金目的の犯罪を誘発したり、賭博保険や人格権侵害の恐れがあるので、こうした危険を防止するため、商法六七四条一項は被保険者の同意を要件としていて、濫用的な運用は許されないこと、並びに、益章は技術を要する粘土鉱物の粉砕加工業務に従事し、被告設立当初から約一八年間勤務し、工場の現場責任者の立場にあったこと等に照らすと、原告の本訴請求が、被告の従業員間の平等取扱に反するとは認められず、被告の右主張は採用できない。

前示のとおり、被告は、契約締結当初に予定したとおり、昭和六三年九月に、益章以外の従業員七名を被保険者として、アリコジャパンと締結した他保険契約については、平成五年九月一日に解約して解約返戻金を受領しているが、被告は、右従業員七名については、平成四年七月に従業員普通傷害保険を、同年九月に団体生命保険契約を締結して、それぞれ相当な額の保険料を支払っている事実が認められるから、右解約の事実により、以上の認定は左右されない。

四  結論

以上によると、原告の本訴請求は、前記二3のとおり二二八六万五二三一円及びこれに対する被告が本件保険金を受領した日の翌日である平成六年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水谷正俊 裁判官櫻林正己 裁判官西野光子)

別表〈省略〉

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